HIDABITO 004
新穂高ロープウェイ 和田 梢 氏
山がいつも見下ろしてくれるから
きりりと冷えた空気の中、360度の大パノラマが広がる。
真正面、北西の方角に見えるのが岐阜県単独最高峰の笠ヶ岳。標高2,898mに及ぶ山嶺から左右に視線をやれば、北アルプスの山稜を見渡せる。南に活火山の焼岳。北東では、尖った小槍を従えた槍ヶ岳と、岩稜ジャンダルムが高々とした肩を並べる。フランスで発行されるガイドブック、『ミシュラン・グリーンガイド・ジャポン 』でも二つ星で紹介された眺望だ。
アルプス一万尺小槍の上で――誰もが知るあの歌詞の通り、一万尺(約3000m)級の見事な山々が出迎えるここが、西穂高口駅展望台だ。新穂高ロープウェイの終点、西穂高口駅舎の屋上に展開されており、西穂高岳(2909m)の登頂口にもあたる。その標高は2,156 mで、遥かな山並みと目線の高さが揃う。
「青空の日は、加賀の白山連峰(石川県と岐阜県にまたがる標高2,702mの山)までくっきり見えるんですよ」
西方を指差して教えてくれたのは、新穂高ロープウェイで働く和田梢さん。短大を出て新穂高ロープウェイに就職し、ガイドの経験等を経て今は経理・広報を勤める。奥飛騨に生まれ育ち、地元の魅力の発掘と発信に力を入れる頼もしい人材だ。
「秋は気候も自然も素晴らしいシーズンなんですけど、日が短いのが難点ですね。これから冬になると、雪かき業務で社員全員がかりだされます。かなり大変です」
ここで働く人々の仕事の中心は“山”だ。日本を代表する山々の自然は険しい。特に冬は気温がマイナス19度にもなる。
「ガイドの時の方が、大変なことは多かったですね。ロープウェイの運行の間、お客様の命を守るのも私たちの仕事なので。トラブル発生時に乗客を安全に降ろすための総練習が年に何度もあって、今でも勉強は欠かせません。きついことをあげれば色々あります。でもお客様の笑顔とか、ここの景色を見られる喜びはやっぱり大きいです」
新穂高ロープウェイは、新穂高温泉駅〜鍋平高原駅間を通る第1ロープウェイと、しらかば平駅〜西穂高口駅間を結ぶ第2ロープウェイの総称。日本で唯一の二階建てゴンドラは、一度に最大120人を運ぶことが可能だ。起点となる新穂高温泉駅と、西穂高口駅までの標高差は1,036メートルで全国一位だという。
「山の素晴らしさはもちろんなんですけど、ロープウェイのことも楽しんでいただきたいです。私、“索道オタク”を増やしたくて」
ロープウェイは日本語で索道と呼ばれる。日本全国のスキー場やリゾート地で見かける存在だが、その“乗り物”としての個性にスポットが当たる機会は少ない。
「移動速度、高度、鉄塔通過時の揺れ具合など、実はロープウェイにもそれぞれ色んな特徴があって、鉄道や航空機と同じように楽しめる乗り物なんですよ。鉄道オタクみたいに、“索道”オタクがメジャーになったらもっとここも盛り上がるなと思って。もっとロープウェイにも注目していただけるように、情報発信の仕方も考えています」
ロープウェイでの移動は、さながら雲の上を目指す空中散歩のようだ。そして展望台にたどり着き、開けた景色を見た瞬間、誰もが吸い寄せられるように淵の手すりに向かってしまう。そこで得られるのは“モノ”ではない。雄大な自然美と、まなざしを通して一体化する時間だ。それがいかに人の心を癒すものかは、訪れる人の多さが証明している。
「お客様が山の景色に喜んでいる姿を見たり、『また来ます』と言っていただけた時が一番嬉しいですね。天気が悪くても、ガイド次第でまた足を運んでもらえるので、魅力を伝えることは大切だと思います」
新穂高ロープウェイの営業時間は季節や天候によって多少変化するが、基本的には日中だ。早朝や夜にも出入りする従業員にしか見られない、秘密の光景もあるのだろうか。
「ブロッケン現象や雲海など、珍しいと言われている現象はしょっちゅう目撃しますよ。ブロッケン現象は、私たち従業員がロープウェイに乗る時間帯によく発生するんです。見慣れすぎて、いちいち驚くこともなくなってしまいました(笑)」
新穂高の山々を訪れるのは登山家ばかりではない。麓でのんびりと森林浴を楽しむこともできる。ほぼ一年中、新穂高の景色を見続けている和田さんの思う山の魅力は、季節の変化にあるという。
「山って、春夏秋冬だけでも二十四節気だけでもなくて、一日一日の変化がすごくくっきりしてるんですよね。一日で気温が大きく下がったり上がったり、昨日見た葉っぱが今日見たらもう色づいていたり、朝起きたらいきなり山が真っ白になっていたり……。それを見ていると飽きません。疲れていても、ここの景色を見ると癒されます」
和田さんは、進学で一時奥飛騨を離れた経験を持つ。マンガの勉強をするために岐阜市内の短大に通ったが、いつかは必ず地元に戻り、観光の仕事に就くつもりだった。
「うち、家族全員が観光業の人間なんです。家自体が、昔は観光客向けの定食屋さんをしていたので、子どもの頃からずっと、表で配膳などの手伝いをしていました。だからでしょうけど、人と関わる仕事って楽しいなとずっと思っていたし、自分が大人になって観光業に携わっている姿も想像できたんです」
新穂高ロープウェイの麓は、奥飛騨温泉郷と呼ばれる名泉揃いの観光地だ。この辺りでは一般家庭にも温泉がひかれている。和田さんの家にも、人が泳げる広さの岩風呂が備わっているという。
「大学に通っていた頃は、大垣市のアパートで一人暮らしをしていたんですけど、シンクのお風呂に入るのにすごく抵抗感があって、ずっとシャワーしか使えませんでした。やっぱり岩風呂の方が清潔感があるし落ち着きますね」
「進学してからも、戻ってくるのはここだとずっと思っていました。やっぱり奥飛騨が一番好きだったので。学生生活はもちろん楽しかったですけど、都会は山がなくて、空が広すぎて落ち着かなかったです」
空が広くて落ちつかない――。都会に住む人々が、田舎などで「空が広い」と喜ぶのとは正反対の意見だが。
「こっちだと、周りを山に囲まれているから空が狭いんです。いつも視界の中に大きな山がある。それが自分にとって当たり前だし、好きなんですよね。常に山が見下ろしてくれているという安心感があって」
目の前に高層ビルがいくらそびえ立っていても、「見下ろしてくれている」と思うことは少ないかもしれない。山岳信仰があるように、大きな山を見て人が抱くのは、古来からある種の畏敬の念だったのだろう。
「足元にお気をつけください」
「景色がよく見えますから窓際にどうぞ」
丁寧に客にアナウンスをする和田さんとともに、新穂高温泉駅に戻るロープウェイに乗った。山々に囲まれながら、その底を目指してゴンドラは進む。進行方向の窓を眺めていると、やがてそこは温泉郷を見下ろす山肌に覆われてしまった。
「まるで壁みたいですよね。雲の多い日は天頂が隠れて、山の大きさがどこまで続いているのかわからなくなります。その光景もとっても面白いんですよ」
山頂からも麓からも見られない、ロープウェイならではの、これも絶景の一つと言えるだろう。
奥飛騨の魅力を発信し、人々を山の頂に向かわせる――いきいきとした和田さんの仕事ぶりを、今日も山が見下ろしている。
社名 | 新穂高ロープウェイ |
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住所 | 岐阜県高山市奥飛騨温泉郷新穂高温泉 |
電話 | 0578-89-2252 |
公式サイトリンク | https://shinhotaka-ropeway.jp/ |
その他の施設 店舗
社名 | 奥飛騨温泉郷観光協会 |
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住所 | 岐阜県高山市奥飛騨温泉郷村上1689-3 |
電話 | 0578-89-2614 |
公式サイトリンク | https://www.okuhida.or.jp/ |
その他の施設 店舗
社名 | 奥飛騨クマ牧場 |
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住所 | 岐阜県高山市奥飛騨温泉郷一重ヶ根(安房トンネル入口) |
電話 | 0578-89-2761 |
公式サイトリンク | https://www.nande.com/kuma/ |
その他の施設 店舗
社名 | ホテル穂高 |
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住所 | 岐阜県高山市奥飛騨温泉郷新穂高温泉 |
電話 | 0578-89-2200 |
公式サイトリンク | http://www.hotel-hotaka.jp/ |