HIDABITO 005
氷点下の森/秋神温泉旅館 小林 繁 氏 (享年79歳)
全部飛騨の山と森が教えてくれたことなんです
JR高山駅から、車で約40分。人里を少し離れ、シーンとした静けさに包まれた先に待っていたのは、想像を遥かに凌ぐスケールで構成された「氷の森」だった。
「高度経済成長期からこのあたりもリゾート開発が始まったんだけど、観光資源があるわけじゃないでしょう? それで、1人で何かできないかと思って、昭和45年から始めたんです」
秋神温泉旅館の主・小林繁さんがそう語るのが、夜間には-10°Cともなる寒さを活かした観光名所・氷点下の森だ。
アイディアの源泉は小学生の頃。4キロもの山道を歩いて通学していた時に見かけた美しい岩清水の氷をヒントに、40年もの時間をかけ規模を拡大。現在では全長8500mという途方もない長さのホースが張り巡らされ、4,5mにまで成長した氷柱は太陽光を反射し青白い光を放つ。モーターは一切使わず、全て水の圧力を利用しているというから驚きだ。
「うまく氷柱をつくるために、水の粒の大きさなど緻密に計算しているんだけど、最初はどうもおかしな人だと思われていて(笑)。でも今では、たくさんの人達が賛同してくださって『氷点下の森を守る会』をつくってくれました」
1番の見どころは、辺りが暗くなった頃にスタートするライトアップ。小林さんが自らアナウンスを行い、一箇所ごとにスイッチを押すと、徐々に氷柱に明かりが灯っていく。少し経ってから周囲を見渡せば、思わず「あっ」と声がこぼれてしまうほど、 昼間とはまったく印象の異なる幻想の世界に包まれる。
「老若男女、色んな方たちに喜んでもらっています。特に若いカップルの方なんか、おもしろいポーズで写真を撮っていかれますね。でも滑りやすいから、彼氏には『ちゃんと彼女の手をとってあげてね』なんてお話するんですよ」
そんな氷点下の森が最も活気を帯びるのが、毎年 2 月の第2土曜日に開催している「氷祭り」。小林さんの考案した凍るシャボン玉や花火大会、地域の伝統芸能やライブ・コ ンサートなども開催される。
特に凍るシャボン玉は、開発に苦労した。人が口から吹くと、体温が吐息に移るためなかなかきれいに凍らないのだ。結果、独自にシャボン玉製作機をつくりあげるなど、ひとつひとつの企画に余念がない。
「他にも色々アイディアがあるんですよ。ほら、これは栃の実。これを頭に括りつけた器に入れて、落ちないように運ぶ栃の実レースっていうのもあります。あと、朴葉味噌の朴葉を使った飛行機なんかもつくれるはず」
もともとは料理人としてキャリアをスタートさせた小林さん。経営する秋神温泉旅館では、自ら収穫したきのこや山菜を使った料理に腕をふるう。その評価は高く、2008年には「岐阜の名工」を受賞。2015年には「飛騨高山の名匠」にも認定されたほどだが、彼の興味はとどまることを知らない。
「今ジビエがブームでしょう? そういった獣肉を1番おいしく食べていたのは、縄文人のはずなんです。彼らのやり方をヒントに、今年は焼いたお肉を黒曜石で切り分けて食べることをしてみたいんですよ」
独自に漬けた木の実酒の瓶を背景に、様々なアイディアと、豊富な山の知識をどんどん語ってくれるその輝く目に思わずたずねてみた。どうしてそんなに、新しいことが浮かんでくるんですか?
「これはね、全部飛騨の山と森が教えてくれたことなんです。子どもの頃からここいらの野山を駆け巡っていたから、そう、森が私の学校。今やっていることは、全部その積み重ねなんですよ」
そんな森の学校で得た知識は、教育機関からも頼られるほどのもの。2014年に噴火した御嶽山にはいち早く出向き、噴火口を観察しすぐに火山灰を採取。知り合いの大学教授に提供した。
「科学技術による考察も大切だけど、1番重要なのは先人が体験から得た知恵を、どう現代に紐解くか。知恵袋を丁寧にほどいて、料理にしたり、森を歩いたり。そうやって私が得たものを、今度は後の世代に渡していかないといけないね」
そう笑顔で語ってくれていたところに、突然の来客が現れた。どうもマカオから来た観光客らしい。たどたどしい日本語にも心よく応じ、カウンターに入ってコーヒーを淹れ始めた。
「このね、シュガーを齧りながら飲む、グッドよ!」
おすすめのコーヒーの飲み方をレクチャーしながら、寒さで肩を震わせる来客のために目で薪ストーブの火加減を探る。氷点下の森の主は、生き字引のような知識を持つ優しい山の名人だ。
社名 | 氷点下の森/秋神温泉旅館 |
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住所 | 高山市朝日町胡桃島355(秋神温泉旅館内) |
電話 | 0577-56-1021 |
公式サイトリンク | http://hyotenkanomori.com/ |