ブリ街道を越え届けられた海の幸を山間の小京都でいただく

HIDABITO 007

みちや寿司 おきむら家 沖村 道也 氏

意外もしれませんが、飛騨といえば魚が旨いんです

飛騨高山の名物と言えば、誰でもまずに頭に浮かんでくるのが、きめ細やかなサシの甘味と豊潤な味わいで有名和牛ブランドの地位を築き上げた飛騨牛。その他にも、みたらし団子や朴葉味噌、高山ラーメンなどが控えている。

しかし、観光グルメばかりでは飽きもきてしまうだろう。そんな方にこそ、こっそり注目してもらいたいのが、実は握り寿司なのである。

だが改めて地図を紐解く必要もないほど、日本の中心に位置する山間部のここ飛騨高山。一体なぜ、寿司であり、魚なのだろうか。

「観光客の方は意外なようですけど、飛騨は魚が旨いんですわ。昔から富山湾で取れた魚がブリ街道を通って、たくさん市場に来ましたからね。それを『飛騨ブリ』なんて呼んで、御嶽山を越えて信州に持って行って。そのせいで信州には、飛騨には海があると思っていた人もいたそうですよ」

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みちや寿司 おきむら家 沖村 道也 氏(画像3)

雪の白さにパリッと映える白衣に手早く着替えながら、「みちや寿司」3代目の沖村道也さんはそう口にした。今では名店中の名店、銀座・久兵衛で修行を積んだ4代目・哲也さんが主に店に立つが、常連さんなどが来店するとこうして今も包丁をとる。

初代に当たる道也さんの祖父が、「おきむら屋」の屋号で日本食屋を始めたのが明治38年。その一角に設けられた寿司屋「まつ寿司」が、このお店のルーツだ。高山の寿司店としては最も古い部類に入る。

「私が7歳の時に父が戦死しているので、おじいさんが父代わりで。調理場の横によく一緒に立ってたんですが、そこで貰ったマグロの切れ端が旨くってねえ…。そのことは、今でもよう覚えとりますね」

15歳になると高山を離れ、金沢の寿司店で3年間の修行を詰んだ。掃除、洗濯、海苔 焼きと徐々にやらせてもらえることが増えた中で、道也さんが得意としたのが笹切りだ。

みちや寿司 おきむら家 沖村 道也 氏(画像4)

お土産などで間仕切りとして使う「関所」にとどまらず、干支や動物など細工の細かいものを、ものの1、2分で仕上げてしまう。そんな作品が店内にも飾られているのだが、実際に切っているところを見ると、その精度とスピードに思わず見とれる。

「自分でもようわからんのですけど、包丁でしかできんのですよ。包丁の上げ下げと角度がポイントで。逆に筆では私ミミズみたいなもんしか書けません(笑)」

「そんなみちや寿司で食べられるのが、飛騨ならではの寿司たち。いくらブリ街道があると言っても、移動時間の関係から足の早い魚は食べられない。さらに高山の人たちは商人街ということで元来グルメが多く、生臭い魚は特に嫌われたそうだ。

そのためポピュラーだったのが、カジキやアラと呼ばれる白身魚。ブリもほどよく熟成されたため、好まれたらしい。しかしこんな工夫をしてもどうにもならないのが、厳しい寒さ。そこで昔から食べられてきたのが、温かいお寿司である「蒸し寿司」だ。

みちや寿司 おきむら家 沖村 道也 氏(画像5)

「生物を一切使わないのが特徴です。昔は、タラやタイのでんぶ、酢レンコン、薄焼き卵、かんぴょう、しいたけ、だけをのせてました。今はエビや生卵を乗せて、せいろで蒸し上げます。冷めないよう春慶塗の器に入れるのが、うちのやり方なんですよ」

そうやって目の前に出されたのは、目にも鮮やかな一品。道也さんが山で採ってきたという岩茸の黒が、バシッと色を引き締める。

口に入れるとほかほかの酢飯からいい香りが湯気とともに立ち上り、生卵を崩すせば、 さっと広がった黄身がすべてをまろやかに包み上げる。これは、しみじみと旨い。聞けばこの春慶塗、80年以上使い続けられているとのこと。否応なくありがたみが増す。

もう1つの名物が、道也さんが「飛騨トロ」と名付けた飛騨牛を使った寿司だ。その昔、肉屋さんから「刺身が旨い」と聞いて感銘を受けた道也さんだが、時は1980年代。まだまだ牛肉の生食は一般的でなかったため、「飛騨にもトロがあるぞ」という気もちから命名。しかし、それを広めるのがなかなか難しかったそうだ。

「当時食にまつわる町おこしの審査会があって、持って行ってもなぜか不評でね。負けるものか、と思って町の皆さんにお出しししたんです。アンケートもとったりしてね。そうしたら大好評でメディアでも取り上げてもらって、今では知らん人もおりませんね」

お店では、シャリの上に玉ねぎのスライス、さらにローストした飛騨牛をのせ握る。 にんにく醤油をかけ、最後に焼きゴテを押すことで、甘い脂の香りがなんとも食欲をそそる。

取材中も手を動かしながら、間髪入れずに地元の食文化について語ってくれた道也さん。「飛騨トロ」だけでなく、トマトの寿司など新たな寿司を開発する情熱を持った横姿を撮影しようと厨房に入ると、神棚の裏にこんな言葉が書かれた紙が貼られているのを見つけた。

新しい料理の発見は 新しい天体の発見より人々を幸福にする 沖村道也

みちや寿司 おきむら家 沖村 道也 氏(画像6)
社名 みちや寿司 沖村家
住所 岐阜県高山市相生町25
電話 0577-32-0383
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