段違いの香りは半径5キロ圏内で栽培
海外評価も高い飛騨山椒

HIDABITO 011

有限会社飛騨山椒 内藤 一彦 氏

「今まで食べた山椒はなんだったの?」
と言われるんです

冬にはあたり一面が白銀に包まれるも、春ともなればまったく異なる姿を見せてくれるここ奥飛騨。きん、と冷えた空気に耐えた後、花を開く桜の見どころは平地より1ヶ月遅い4月下旬。澄んだ空気に広がる花弁は、色鮮やかに少し遅い春の訪れを告げてくれる。

そんな奥飛騨の気候がもたらしてくれる恵みの一つに、名産品の飛騨山椒が挙げられる。飛騨牛などの名物に比べるとややイメージが薄いが、東京都内の老舗鰻屋・野田岩ほか、様々な飲食店で珍重される通好みの一品だ。取材時にも、ある都内の企業が飛騨山椒の噂を聞き、打ち合わせに訪れていた。「探し求めていた山椒にやっとたどり着くことができた」と笑顔で語ってくれた担当者の興奮が残る社屋で、取材はスタートした。

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有限会社飛騨山椒 内藤 一彦 氏(画像3)

「文献によると天領、つまり江戸幕府の直轄地となった関係で将軍に献上した、と記録されているようです。気候も山椒に合っていて、私たちのものはここから半径5キロ以内の限られた土地で採っています。それより遠くでは標高や寒暖差も変わってくるので、香りが違ってきてしまうんですよ」

飛騨山椒のルーツを教えてくれたのが、有限会社飛騨山椒の内藤一彦さん。建設需要の落込みが続いた10年ほど前、建設業界では新規事業を通じて雇用を維持しようという動きがあり、勤務している建設会社も山椒事業へ乗り出した。その流れの中で、昭和50年に叔父と叔母が、山椒を使った独自の商品を展開するために立ち上げたこの会社を引き継いだそう。幼い頃から自宅で山椒づくりの手伝いをしており、馴染みは昔からあるという。

飛騨山椒の特徴を尋ねると、「それはやっぱり香りと痺れですね。東京の展示会に出店すると『今までの山椒はなんだったの?』と感想をいただくこともありますし」と語りながら、試食のための商品を用意してくれた。

ミルで挽いたばかりの山椒を香ると、確かに勝手知ったるそれとは異なり、より青々としたフレッシュな香りが鼻腔をくすぐった。続けて、出されるがままに実の塩漬けを口にしてみる。小さなオリーブのような食感の実を前歯で割れば、清涼感とともにパンチの効いた痺れがやってきて、最後に独特ながらどこか馴染みのある味わいが追いかけてくる。しばし考えてみて気がついた。これは、柑橘類の味わいに近いのでは……。

有限会社飛騨山椒 内藤 一彦 氏(画像4)

「そうなんですよ。実は山椒はミカン科で、香り高いものは柑橘類のような味と香りを持っているんです。うちではこの地域のそんな山椒の特徴を活かして、山椒粉や山椒七味はもちろん、ちりめん山椒、山椒醤油、山椒味噌などの加工品もつくっています」

香りと味の違いは確かなもの。では何が他と異なるのかと言えば、製造工程にも工夫がこらされていた。7月~8月にかけて収穫された山椒を、まずは陰干し。そしてその後天日干しにするのだが、まずここに時間をかける。乾燥機にかけることもできるが、色がよくなる反面、独特の香りが飛んでしまうからだ。

乾燥させた山椒は、種と皮を丁寧に分け、皮のみを杵と石臼で「つく」。挽いてしまうと発生する摩擦熱でせっかくの香りが逃げてしまう。効率は落ちてもつくことで、香り高い山椒に仕上がっていくのだ。

「丁寧に作業するのも、ここでしか採れない山椒だから。色々な説があるんですが、私はやっぱり気候の影響が大きいと思いますね。この土地の山椒を他の場所に植え替えても、同じ味にはならないと言われていて。だからこそ少量でもいいものをつくれば、勝負ができるんですよ」

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しかし、胡椒や七味などの香辛料と比べると、用途が限られてきてしまうのが山椒だろう。鰻などの一般的な物以外には、どんなものに合うのだろうか。

「みなさん鰻のイメージに縛られていますが、合うものは多いんですよ。特に合うのはチーズ。さっとかけると旨味が引き立ちます。乳製品やクリーミーなものは大体ぴったり。ピザやコーンスープ、ポテトチップス。意外なところだと、とんこつラーメンもいいですね。スパイスとして生地に入れて、ケーキにするもの悪くない」

甘味というと意外だが、実際に山椒粉をたっぷりとかけたソフトクリームなども近隣の売店では販売しており、取材後にいただいたそれは、やみつきになりそうな後味だった。

近年ではミラノ万博や、JETROパリの展示会にも参加した内藤さん。海外でも確かな手応えを掴んだようだ。

「特にヨーロッパの人は『香りに飛びつく』というか、とてもいい反響をいただきました。イタリア語で問い合わせのメールが来た時は、うれしい反面、どうお返事すればいいかわからなくって(笑)。でも海外での認知はもっと増やしていきたいです」

そう語る内藤さんの話を聞きながらも、どうしても頭の片隅では何を買って帰ろうか考えてしまう。日持ちもすれば、そんなにかさばらず、加工品も含めればバリエーションも豊富なのが飛騨山椒。何品も買うことができるので、おみやげに最適としか思えない。春の奥飛騨で、なんとも罪作りな名品に出会ってしまった。

有限会社飛騨山椒 内藤 一彦 氏(画像6)
社名 有限会社 飛騨山椒
住所 岐阜県高山市奥飛騨温泉郷村上35番地1
電話 0578-89-2412
公式サイトリンク https://www.hidasansyo.com/
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