生きもの相手に近道なし
厳密な管理と実直な仕事が質の高い飛騨牛を生む

HIDABITO 014

有限会社若田ファーム 若田 貴男 氏

当たり前のことを、当たり前に続ける
私がやっているのはそれだけです

高山駅近辺からレンタカーで40分ほども走ると、景色はすっかり変わり、すっかり山に囲まれたのどかな風景が広った。それにも関わらず、頭の中では前日の取材後に食べた、飛騨牛の旨さがリフレインしていた。その時は寿司だったのだが、豊潤で甘味のある脂身が溶け出してシャリに絡みつくさまは、もう、官能的だと言ってもいい。

いや、今日は肉ではなく牛の取材なんだぞ、と己に言い聞かせて欲望を食欲から好奇心へとシフトチェンジさせる。辺りに牛舎がちらほら見え始め車が減速し始めた時、視界の端から男性が小走りでこちらにやってた。

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「あー、ちょっとそこ、そこで停まってください!今防護服持ってきますからね!」

言われるまま牛舎に向かう小路の手前でぼうっと待っていると、足の先から頭まで、しっかりと覆うことのできる防護服とゴム長靴を持ってきてくれたのが、今日の取材対象者である有限会社若田ファームの若田貴男さんだ。しかしこの装備、食品加工工場に入るわけではなく、牛舎に入るためのものなのだ。

「数年前に宮崎で話題になっていた、口蹄疫って病気覚えています?あれはものすごく感染しやすいんです。罹ってしまったら殺処分をするしかない。だから飛騨牛を育てている畜産農家では、こうして外部の方が入る時は必ず防護服を着てもらっているんです」

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そう申し訳なさそうに、でも真剣な眼差しで教えてくれた若田さん。飛騨牛というブランドを守る確固たるルールに、思わず背筋が伸びた。いよいよ完全防備となったので、消毒を施した後、ゆっくりと牛舎に入る。思いの外静かだが、たくさんの牛たちがつぶらな瞳でこちらを見つめてくる。

そもそも飛騨牛というブランド牛には明確な定義がある。飛騨牛銘柄推進協議会による「登録農家制度に認定・登録された生産農家」が育てた牛のうち、「最長飼育期間が岐阜県」であり、かつ「岐阜県内で14ヶ月以上肥育」をされたものであること。その中でも「日本食肉格付協会の枝肉の基準で肉質等級が3等級以上」だと飛騨牛銘柄推進協議会事務局が確認し、認定した「黒毛和種」のみ、飛騨牛を名乗ることできるのだ。

「もともとは、関の孫六牛や揖斐牛など地域の名前がついた牛がおったんですが、一度岐阜牛に名前が統一されたんですね。その後、肉質を改良しようという動きが起こって、飛騨牛が生まれたんです。そのきっかけになったのが、兵庫県からやってきた安福号という素晴らしい牛でした」

【全国的にも有名になった安福号の肉質は、しっかりとその子孫に遺伝。それをさらに向上させようという畜産農家の創意工夫と、それをバックアップしようという関係団体のたゆまぬ努力の中で、飛騨牛というブランドは作られ守られている。

そんな飛騨牛を育てている若田さんの牛舎では、現在200頭ほどの飛騨牛を飼育。いかにも肉質のよさそうな大きな去勢牛から、その優しい雰囲気から見た目ですぐそうと分かる雌牛、何ともかわいらしい仔牛たちが出迎えてくれた。

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「私の家系は昔から役用といって、農作業用に牛を飼っていたらしいです。それが肉を売るようになったのは父の代から。幼い頃から牛に囲まれて育ったので、継ぐというのは自然でしたね。親への反発?なかったですねえ。親父の苦労、ずっと見てきましたから」

しかし、すんなり継ぐのではおもしろくないというのも男の本音。農業大学校卒業後5年の間、北海道十勝清水の農場へ就職した。そこでは自ら加工と肉の卸まで行う独自の考えを持った社長の下につき、刺激的な時間を過ごしたそうだ。そこでの経験を引っさげ、生まれたこの土地に戻ってきた。

もともと若田さんの父親が育てていたのは、主にホルスタインだ。ただ若田さんが戻ってきた頃、ちょうど牛肉輸入自由化を迎えたことで相場がどんどん崩れていったため、輸入牛肉と差別化し、飛騨牛のブランドを掲げていく必要があった。当時25歳の若田さんは、それを一手に引き受けた。

「とにかく大事なのは、相手は生き物だということ。創意工夫も大切かもしれませんが、自分は地道にコツコツと毎日牛に向き合ってます。当たり前のことを、ただ当たり前にやる。新しくチャレンジしたいことと言ったら、そうだなあ、守りに入るような言葉ですけど後継者をしっかり育てたいんですよ」

母校の農業高校の畜産科では、今半分以上が女の子だとのこと。彼ら、彼女たちが働きやすい労働環境を整えることが1番の課題だと語る若田さんは、その仕事の丁寧さが言葉にもしっかり現れているようだった。

しかし最後くらい、すこしくだけたコメントも欲しい。若田さんが1番好きな飛騨牛の食べ方は?と聞いてみた。

「ああ、私はやっぱりステーキですね。塩と胡椒が1番いいと思います。ただ、自分では焼きません。焼くのは、そっちのプロに任せたほうが断然おいしいですからね」

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社名 有限会社若田ファーム
住所 高山市丹生川町
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