伝統的なまんじゅうの製法に
新しい仕掛けを加えて高山から全国へ発信

HIDABITO 021

稲豊園 中田 専太郎 氏

視点を変えることで気づくことがある
守りより攻めの和菓子屋でありたい

三毛にトラ、白と、なんとも愛嬌のある顔立ちの猫が5匹。「招福猫子(しょうふくねこ)まんじゅう」と名付けられたこのまんじゅうは、皮生地も中に包まれたあんも5種5様。

一つひとつ手作りするため、柄も形も表情も同じものは2つとない。親しみやすい味わいと、インパクトのある見た目がSNSで評判を呼び、今や全国から注文が入る人気商品だ。

「自分としてはチャーミングなつもりで作ったんですが、お客さんの反響は『キモカワいい』(笑)。まぁお客さんに喜んでいただけるなら何よりです」そう言って目を細める3代目店主の中田専太郎さん。明治34年(1901年)に創業した老舗和菓子店の製法と味を令和に受け継ぐ立役者である。

  • 稲豊園 中田 専太郎 氏(画像1)
  • 稲豊園 中田 専太郎 氏(画像2)
稲豊園 中田 専太郎 氏(画像3)

若い頃は法律家を目指し、この道に入ったのは30歳を過ぎてから。2代目である父のもとで和菓子職人としての腕を磨き、120年余り続くのれんを守ってきた。それでも「老舗と言うにはうちなんてまだまだ青二才です」とその腰は低く、新しい仕掛けづくりに日々余念がない。

「こういうこと言ったら申し訳ないかもしれんけど、伝統を守っていくって言葉も、あえてそう言う人も信じられないんだよね」伝統の継承について、これまで何度となく尋ねられたのだろう。思いがけない中田さんの返答にたじろぎ、愚問だったかと恥じ入った。

「もちろん守っていくことは大事です。ただ、守るという言葉には時として新しい挑戦を非難するような側面も持ち合わせていて。たとえば、おまんじゅうを今まで通りに売ってもお客さんは買ってはくれない。それで廃れてしまっては結果的に伝統は守れないんです。攻撃は最大の防御なり、と言いますが、新しいものを作っていくことを攻撃と解釈すれば、攻めの先に守りがあると思うんです」

稲豊園 中田 専太郎 氏(画像4)

初代・中田徹が勉学のために行った東京で魅了された和菓子。あちらこちらの有名店で修業を積み、ふるさとの高山で稲豊園の看板を上げる。東京仕込みの菓子は繊細で目新しく、朝日町の発展ととともによく売れた。2代目の一作は美術学校に進学したが、初代の急死によって跡を継ぐ。粘土細工のような見た目が楽しく美味しい2代目の菓子もまた、巷で評判になった。

「昭和50年代に入って時代が豊かになると、素材も菓子もバリエーションが増えてね。それでうちの売れ行きが落ちて、なんとか売れるようにできんかと形を変えたり、中のあんを変えてみたり。試行錯誤するものの、なかなか売上には繋がらない。そんなことをくり返すうちに、待てよ、売れん菓子を売れるように努力するより、売れる菓子をさらに売れるようにした方がいいんじゃないかと気がついたんです」

当時、中田さんは毎年秋になると問い合わせが増える「栗よせ」に着目。パッケージを刷新し、新栗の入荷の時期に合わせて新聞広告を打った。注文を見越して地方発送も開始した。

「これに親父が怒ってねぇ。俺の眼の黒いうちは地方発送なんかするな!なんて言うもんだから、取っ組み合いの喧嘩になりました。生菓子はその日のうちに食べるものなのに邪道だと。それもわかりますが、こっちはこっちで販路を広げるために必死ですからね」

発送先のお客様にも「栗よせ」を美味しく食べていただきたいと、真空パックを採用。そんな次期3代目(当時)の攻めが功を奏し、順調に売上を伸ばしていった。その後も頑固一徹な2代目とは菓子のことで衝突してばかりだったが、ある時、中田さんは思いがけず父の本心を知る。

稲豊園 中田 専太郎 氏(画像5)

「暮れの忘年会で親父がいつになくしこたま酒を飲んだんです。へべれけに酔って立つこともできないもんだから、私がぎゅっと抱えたんです。そしたらね、『専太郎、頼んだぞ!』って親父がね…うれしかったですね…」言葉を詰まらせた中田さんの眼から、ツーッとひとすじの涙がこぼれた。

2代目は和菓子屋を営む傍ら、店舗を改装して高山で2軒目となる喫茶店を作った。花火大会のときは4階の物干し台までお客さんを上げて喜ばせていたそうだ。2代目もまた、攻めの姿勢で伝統を守ってきたのだ。

7年ほど前、次女の佳来(かな)さんがご主人とともに家業に入った。「『招福猫子まんじゅう』は娘のアイデアでプレスリリースをかけたことが、全国へ周知していただくきっかけになりました。SNSでの発信や、今の時代にエールを送るべく作った『マスク猫子』も彼女の発想です。いろいろ刺激をもらってます」

歴史はくり返される。ときにはぶつかり合いながら、家族で持ち寄る意見が新たな化学反応を生み出していく。それをどう時代の潮流に乗せていくかが、伝統を守る鍵なのかもしれない。

稲豊園 中田 専太郎 氏(画像6)

稲豊園

9:00〜18:00 火曜定休日
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招福猫子まんじゅう5個入り1380円(税込)
※地方発送可

社名 稲豊園(とうほうえん)
住所 岐阜県高山市朝日町2
電話 0577-32-1008
公式サイトリンク https://www.tohoen.com/
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