120余年の歴史を誇る古い町並みの手打ちそば
SNSで世界へ羽ばたけ

HIDABITO 023

手打ちそば 恵比寿 本店 伊藤 氏

お客様とのご縁はそのとき限りかも知れない
だからスペシャルな記憶が残るようにしたいんです

昼すぎから本降りになった雪が、整然と軒を連ねる町家の黒々とした彩りにくっきりと映える。散り散りに舞うぼたん雪を楽しむようにノスタルジックな町並みを歩きながら、さんまちは冬景色もまた格別だと知った。尋ねたのは明治31年(1898年)創業の「恵比寿」。国の重要伝統的建物保存地区“さんまち”の上二之町で、120年以上も愛され続けている手打ちそば屋だ。良い風合いに色褪せたのれんをくぐる。

「いらっしゃいませ!」明るく弾む声で出迎えてくれたのは5代目の伊藤さん。頬にキュッとえくぼが浮かぶ人懐っこい笑顔に、心がほっとあたたまる。老舗に生まれ育ったが、多くの若者がそうであるように伊藤さんも都会へ憧れた。一度高山を巣立ち、戻ってきたのは6年前。25歳の頃だ。

「高校卒業後、東京の美術学校へ進学したんです。その傍らダンサーのレッスンに通ったり、叔父の経営する美容室でアルバイトをさせてもらったり、楽しかったですね〜。でも美容室は、私が18年間で培ってきた概念を全部ぶち壊して新たに考えないとやっていけない場所でした。さまざまなお客様と接する中でたくさんのことを教えていただき、サービスとは何かを学ばせていただいた気がします」

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手打ちそば 恵比寿 本店 伊藤 氏(画像3)

4代目を継いだ父は伊藤さんが小学生のときに急逝。以来、のれんを守ってきた母から「力を貸してほしい」と連絡が入った。一年で立て直したらまた東京へ戻っていいからと言われ、伊藤さんは軽い気持ちで里帰りした。

「飲食店がSNSを活用し始めた頃で、母もその必要性を感じていました。その頃、うちにはスマホ対応ではないホームページが一つあるだけで、facebookもinstagramもtwitterもなくて。どうにか『恵比寿』を発信していかなきゃと、それぞれアカウントを作りました。するとハッシュタグが好循環を生んで海外からのお客様が少しずつ来てくださるようになって。じゃぁWi-Fiも整えなきゃいけないとか、思っていた以上にやるべきことがありました」

「恵比寿」は飛騨高山で初めての蕎麦専門店として創業した。自慢の七割五分のそばは、毎朝店頭でその日の分だけ手打ちする。観光客に飛騨の味を知ってもらうだけでなく、地元客の胃袋も満たしてきた。お店は変わらず賑わっていたが、今までのやり方を守っていくだけでは時代に取り残されてしまうと、伊藤さんも肌で感じた。

「戻ったばかりの頃、閉店間際にお一人でふらっと来られたお客様がざるそばをご注文くださったんです。店内にそばをすする音だけが響いて、お客様に気まずい思いをさせているって気がついて。これはBGMを流さなきゃ!って、すぐに機器を設置しました」

手打ちそば 恵比寿 本店 伊藤 氏(画像4)

老舗の矜持のもと、おもてなしには心を尽くしてきたが、BGMのような当たり前とされることを見落としていた。伊藤さんは他にも行き届いていないことがあるはずだと、店の評価をエゴサーチ。不評コメントを見つけると、お詫びの返信を送って改善に努めた。

「海外からのお客様のほとんどが、そばの食べ方を知りません。あるとき、ざるそばの上からつゆをかけて食べようとした外国人観光客を見て、スタッフが『No! No!』って慌てて止めたことがありました。お客様からすれば、何がNoなの?という感じですよね。言葉の壁は仕方のないことですが、それで低評価につながったのは残念で。何か自分ができることはないかなって考えたんです」

食べ方をきちんと説明できないもどかしさ。どの国の方にも等しく飛騨そばを美味しく味わってほしいーそんな思いが伊藤さんを一気に衝き動かした。

手打ちそば 恵比寿 本店 伊藤 氏(画像5)

「日本独特のマンガで説明したら面白いんじゃないかと思い立って、そばの食べ方を自分で描いてみました。翻訳は東京で出合ったさまざまな国の友だちに協力してもらって、まずは英語、韓国語、中国語の冊子を作って。今は全部で10カ国語分あります」

A4版の冊子を手に取り開いてみると、ガイド役の女の子が勢い良くそばをすすっている。冷たいそばと温かいそばの違いも描かれていた。楽しくて分かりやすい。“Present for you”と無料で手渡されるこの冊子に、外国人観光客が喜んだのは言うまでもない。口コミが口コミを呼び、高山への観光ブームも相まって世界最大の旅行サイト・トリプアドバイザーでは2位までランクキングを伸ばした。

「海外からのお客様がマンガを本国に持ち帰って別の方に渡すんですよね。それを見てまた別の方がはるばる来てくださる。本当にありがたいことです。ミラクルですね」

120余年の歴史にこれだけの新風を吹き込むのは容易なことではなく、葛藤もあったと聞く。終始笑顔で朗らかに答えてくれる伊藤さんに、掛け値の無いサービス精神と若女将の覚悟を垣間見た。

手打ちそば 恵比寿 本店 伊藤 氏(画像6)

手打ちそば 恵比寿 本店

10:00〜17:30(ラストオーダー17:00)
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新型コロナウイルスの影響で営業時間が異なる場合があります。お電話やHPからご確認ください。
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火曜定休日(祝日の場合は振替休日有)

社名 手打ちそば 恵比寿 本店
住所 岐阜県高山市上二之町46
電話 0577-32-0209
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