彫刻職人
東彫刻 東勝廣 氏
動く屋台彫刻は、まるで生き物のよう。彫った私が感動するほど
市中心部から東に少し離れた閑静な住宅街。表には味のある木彫りの看板。手入れが行き届いた植木や庭をのぞむ工房で、彫師は黙々と彫りを進めていた。
「一位(いちい)の原木を割ったらアリの巣の跡が見事だったもんで、それに合う龍を彫っとったんです。アリと私の共作ですわ」
と東(ひがし)さん。龍は十二支の中で格段に彫るのが難しいそうだ。
「眼は鬼。頭はラクダ。耳は牛。喉はハマグリ。体は蛇。角は鹿。手は虎。爪は鷹。鱗は鯉。龍には9つの生き物の要素があって、まあ面倒くさい」。
60年近くもの職人歴をもってしても、龍を彫るのは厄介らしい。
小学生のころから彫刻の世界を意識していた。
「彫刻家か絵付師か社長になると小学校の作文に書いてましてね。結局は一位一刀彫師のもとで修行する道を選んだんです」。
一位一刀彫(いちいいっとうぼり)。県の木でもある一位を材料に、美しい木目や茶褐色に経年変化する艶など木の特性を活かし、彫刻刀の技だけで彫り上げる伝統技法で、飛騨高山を代表する木工品だ。
「一刀一刀に魂を込めて彫るという意味もあるんですよ」
と東さんは教えてくれた。
置物のような立体の彫刻に対し、屋台の彫刻は平面が多い。
「屋台の場合正面からしか見られんでしょ。平面の彫刻を立体的に見せなきゃならんので、実はとっても難しいんです」。
はじめて手がけた屋台は宝珠台(ほうじゅたい)だった。
「大亀がシンボルだったんで、龍のような顔や毛の生えた尻尾など空想の亀を新しく彫りましてね。屋台は細かな修復が中心だもんで、珍しい例でした」。
たくさんの人が集めた資金と想い。屋台の仕事は緊張が絶えない。
「だから仕上げたときの喜びは大きい。彫刻の仕事をする娘も、花の色づけや金箔など彩色作業ですが屋台に関わっていて、それもうれしいことですね」。
同じ道を歩む娘さんとともに屋台に関わる喜び。職人冥利に尽きることだろう。高山の屋台の見どころを伺った。
「時代とともに、からくりから彫刻や飾りなどへと、見どころが移っていった。その結果、名工・谷口与鹿が遺した麒麟台の彫刻など、『動く美術品』として独自の文化を形成したんです。動く屋台彫刻は、まるで生き物のよう。彫った私が感動するほど。必見ですよ」。
屋号 | 東彫刻 |
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名前 | 東勝廣 |
住所 | 岐阜県高山市松之木町2697-2 |
電話 | 0577-32-0813 |
プロフィール |
15歳で一位一刀彫師の竹腰亮次先生に師事、彫刻の修行を積む。独立後は香川県豊浜町など高山市外の彫刻や創作活動に加え、子どもたちへの彫刻の啓蒙など、さまざまな活動を精力的に行う
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高山祭
日枝神社の例祭である春の「山王祭」(毎年4月14日・15日)、桜山八幡宮の例祭である秋の「八幡祭」(毎年10月9日・10日)の二つの祭を指す総称。300年以上の歴史を誇る。高山祭や祭屋台は「国指定重要無形民俗文化財」「国指定重要有形民俗文化財」に指定。高山祭の屋台行事を含む国内の山・鉾(ほこ)・屋台行事は「ユネスコ無形文化遺産」に登録。
高山の屋台
大工・漆・彫刻・錺(かざり)金具・鍛冶など高山の職人の技術の粋を集めて作られた傑作。曳(ひ)き廻(まわ)しといった伝統行事などが行われる屋台は高山祭の象徴的な存在。春の山王祭の12台、秋の八幡祭の11台の計23台が現存。