錺職人
不破錺工房 不破健人 氏
職人の技が細部に宿った総合芸術としての屋台を見てもらいたい
有楽町の静かな路地。格子越しに錺(かざり)師の姿があった。鏨(たがね)という道具を打つ音が静かに響く。
「これは釘隠しという化粧金具。屋台の仕事ではないんですが」
と不破さんは語る。
「参考になるかも」
と金具製作工程見本を見せてくれた。
金取(かなどり)、断(たち)、ならし、やすり、きさげ、焼鈍、炭研、型はき、縁取、蹴彫、魚々子(ナナコまき)、上彫、仕上(バブ研磨・鍍金)と記された工程。あまりの多さに驚かされた。
創業は明治44(1911)年。
「祖父の道具箱に日付が書いてあったんで、そのころに祖父は独立したのかなと。場所もここですよ」。
戦争で父を亡くした不破さんは、祖父から錺の仕事を学んだ。
錺という字を気に入っている。
「断って、彫って、磨くことで金物が芳しい表情を見せる。だから金が芳しいと書いて『錺=かざり』」。
そんな錺金具が屋台には無数に飾られる。
「豊明台(ほうめいたい)などは大小3,000枚ぐらいは錺金具が付いています。並みの数ではないから修復となると大変ですよ」。
屋台にはさまざまな部材が使われる。
「屋台の錺の素材は銅や真鍮が使われ、木材に比べ金具は劣化速度が違うので、他の部材の状態とのバランスなどに気を遣う。手の油や指紋でも状態が変わるから触れてほしくない思いもあるが、祭りで屋台に触れないわけにもいかないし」
と不破さんは苦笑する。
「優れた錺をじかに修復することで勉強になる。昔の意匠に触れ当時の職人はどんな想いで手がけたんやろうと、タイムスリップするように想像をめぐらせますよ」。
屋台の仕事ならではの喜びだ。
息子さんも錺の世界を受け継ぐ。
「息子と仕事をしながらアクセサリーなどにも挑戦していましてね。伝統は守るだけでなく時代とともに変化するものと考えている。今はいろんな世界で女性が活躍しているから、錺の世界にも女性が入ってきてほしいですね」。
「職人の腕は、いかに多くの仕事をしたかでレベルを上げていきます。錺だけでなく、漆、彫り、宮大工、鍛冶の職人の技が細部に宿った総合芸術としての屋台を見てもらいたいですね」。
多くの仕事で腕を磨いた職人の巧手が、昔も今も、高山の屋台を支え続けている。
屋号 | 不破錺工房 |
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名前 | 不破健人 |
住所 | 岐阜県高山市有楽町57 |
電話 | 0577-32-6324 |
プロフィール |
明治44(1911)年に創業した祖父の仕事を見ながら自然と錺職人の世界へと進み継承。息子の健介氏とともに祭屋台や寺社仏閣の錺金具修理・製作を手がけながら、創作活動にも力を入れる。
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高山祭
日枝神社の例祭である春の「山王祭」(毎年4月14日・15日)、桜山八幡宮の例祭である秋の「八幡祭」(毎年10月9日・10日)の二つの祭を指す総称。300年以上の歴史を誇る。高山祭や祭屋台は「国指定重要無形民俗文化財」「国指定重要有形民俗文化財」に指定。高山祭の屋台行事を含む国内の山・鉾(ほこ)・屋台行事は「ユネスコ無形文化遺産」に登録。
高山の屋台
大工・漆・彫刻・錺(かざり)金具・鍛冶など高山の職人の技術の粋を集めて作られた傑作。曳(ひ)き廻(まわ)しといった伝統行事などが行われる屋台は高山祭の象徴的な存在。春の山王祭の12台、秋の八幡祭の11台の計23台が現存。